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開業への道~私の職歴②~

こんにちは、社会保険労務士・行政書士の前西原 清城(まえにしはら せいじょう)です。

前回のブログ(前西原の職歴)に転職が非常に多かったことをお伝えしましたね。

もう少し、触れさせてください。

今過去の自分を振り返ってみると、若さかも知れませんが自分は何をしたいのか分からなかったからだと思います。簡単に言うと目指す道が見えないと言うか分からない。

学生時代のアルバイト期間中は大学の学費や生活費を稼ぐという大事な目的がありました。

残念ながら我が家は私の学費や東京での生活費を出せるほどの金銭的余裕はありませんでした。

大学入学時に掛かる100万円強のお金を捻出するのも大変なことだったと思います。

初年度に掛かる学費は大丈夫でしたが、それ以外の生活費やアパートの費用は全て自分で働いて稼がなければならない環境でした。

二年目以降は学費やアパート代や日常の生活費は、奨学金とアルバイトでの稼ぎでまかなっておりましたので、働くと言うことは生きることそのものでした。

働きながら学ぶと言うことは容易なことではありません。学費や生活費を稼がなければならないので、どうしても本業よりアルバイト優先になってしまい大学は4年で卒業することが出来ませんでした。

そして、5年目の時はもはや大学を卒業するという気持ちが失せてしまい、働いては遊びにお金を使う事を繰り返し、残念ながら必修科目一つと卒論を残して中退することになりました。

親が必死に苦労して用立てた100万強を結果的に無駄にすることになってしまい、その事は今でも私の心の傷として残っております。

両親は大学を結果的に中退したことを責めることは一度も無く、それが更に申し訳なく実家に顔を見せに行くことが出来ませんでした。結果的に18歳で上京して実家に帰る事が出来たのはそれから約15年後でした。

15年も親に顔を見せない、更に親不孝な事をしておりました。

ただ、年に数回は電話で近況報告をしておりましたが、沖縄に帰省することがどうしても出来ませんでした。中退してすぐ報告に行けば良かったのでしょうか、年々日が経つにつれて足が重くなりました。悪い報告はすぐ報告する、ビジネスでは大事なことが家の事ともなるとどこか論点をすり替えて逃げていたと思います。

お恥ずかしい限りですね・・・

さて、そんな私が一念発起をするわけですが・・・・・・